2013年7月1日月曜日

2013年下半期_所信表明

およそ一年ぶりの更新になる。
この間を振り返ると、感慨深いものがある。
チャレンジを続けた一年だった。
得るものも多かったが、こぼしてきたものも少なくないだろう。
このブログを記録と復習のために使えなかったのは、その一因。
猛省したいところだが、自分がラクしたかっただけだから自業自得である。
だから、またここから。

この一年、がむしゃらに走ってきたようで、あの頃の未来予想で的中しているのは、
HRの4級講師になったということだけではないだろうか。

今年に限っても、欲張りなマニフェストは、瓦解。
ボイトレは退会したし、活弁は再開していない。HRは中野に絞り込み、朗読にいたっては門も叩いていない。
見切ってきたものは多い。
一方で、手話、パントマイム、演劇が、TMCから派生した。
手話は1月以来ご無沙汰しているが、パントマイム、演劇は始動してまもないが関わりが深くなりつつある。
今年のテーマの一つ「表現力の向上」には一役買ってくれるだろう。

それにしてもこの一年、TMCには想像以上に力を入れた。
武者修行と思って入ったTMCで一年後、教育担当を務めるなんてどうすれば想像できただろう。
まぁ実力というよりは、目をかけてもらったというのが正しい理由である。
この縁に感謝して、これから理想像を追いかけていく必要がある。


さて、7月からは「TMCの教育担当」と「演劇レギュラーコース」が始まる。
下半期は「教える、演じる、仕切る」が実践テーマになるのではないか。

HRはこの半年で飛躍的に成長しなければならない。
復習講義を担当するようになってどれぐらい経つだろう。
場慣れ以外に何か進歩はあっただろうか。
自分の講義スタイルを確立したい。
しかし、それ以前にテキスト理解と事例収集という土台に時間をつぎ込む必要がある。

SBは初心者コースを経て、レギュラーコースにチャレンジする。
演劇なんて、もっとも縁遠いジャンルだと思っていたが、後戻りできない環境を作った。
おざなりにしないよう、自分の本気に期待したいところだ。

TMCは実践から運営にメインが移るため、目的を見失わないことが大切。
質より量。自意識を捨て、実力を実力のままさらけ出す勇気を。
一方、信頼を積み上げるためには基本をおろそかにしてはいけないだろう。
自惚れないこと。しかし謙虚になりすぎないこと。

滑稽なほど本気になってみたい。
頑張りすぎて泣きたい。

2012年7月23日月曜日

スピーチもスタートが命

スピーチを失敗する場合は、およそスタートで徴候がある。
いかにスムーズなスタートを切るか。
最近の関心の一つだ。
陸上や水泳のようなスポーツでは、スタートの失敗が取り返しがつかない状況を生む。
スピーチも同じである。スタートでつまづくと、その状況をしばらく引きずることになる。
始まってまもなく「えー」「あのー」「なんだっけ」と挟まれるスピーチは見苦しく、聞き手に対する印象も悪い。そこからのリカバー、理想のレールに乗せるのは至難の業である。

今日の教室は、テーブルスピーチがテーマだったが、同様である。
とはいえ、自分で会合を想定して行うテーブルスピーチの実習というのは、数ある実習の中でも、もっともやりにくさを覚えるものの一つだ。よほど集中力を発揮しないかぎり、想定した状態でスピーチを行うのは困難だ。
聞き手としてもイメージしづらい。
それに評価のポイントがわかりづらい。

胸を張り自信に満ちた表情で、ただちに話し始める。一人一人に話しかけるように目を配る。暗記しながらも棒読みにならず、話しかけるようにもっていく。わかっていても、それが本当に難しい。
好スタートを切るというのは、もっと意識すべき課題だろう。

2012年7月21日土曜日

手癖は不要か

ジェスチャーが苦手だった。
いや、今でも苦手である。

ただ練習を重ねている今となっては、手を極力動かさないでスピーチをするほうが難しくなってきた。いわゆる手癖。右手を前方で振るような手癖のあるほうが話すリズムがとりやすく、言葉もスムーズに出てくる。

スピーチのときはとにかく手を動かしたほうがいいという考えも耳にする。実は現状、この意見に賛成である。なぜか。自分が聞き手になったとき、内容と関係なくても身ぶり手ぶりのあるスピーチのほうが話に引き込まれるという実感があるからだ。

そんな中、今日の教室は話すときの態度がテーマだった。
態度というのは身ぶり、手ぶり、表情、視線、姿勢、服装、対人距離など、見た目がすべて含まれる。スピーチ実習でも話の中身よりも態度を重点的にチェックされる。

HR流では、話の内容と関係あるとき以外、手は前で重ねるか、両サイドに軽くたらす。ジェスチャーに慣れない頃はむしろこのほうがラクだった。

スピーチにおいてどちらがよいか、という問いは、実生活においてどちらが役に立つのか、と同じ意味だ。まだ明確な答えは出ないが、ジェスチャーしないというのは、普段の意識と逆。それゆえの学びがあった。

今回の実習は手ぶりをまったく使わないことを意識した。意識が終始できていた。それでわかったのは、必要なところではジェスチャーは自ずと出てしまうということ。しかしそれは、伝えたいという思いの強さなんだと思う。

いわゆる手癖は出ていなかったと思う。
これが理想なのだろうか。
手癖は不要なのだろうか。
いずれにしても答えを急がず、しばらく意識して考えていきたい。

2012年7月17日火曜日

タイマー係の意味

今回のTMCではタイマー係だった。
タイマー係とは、準備スピーチ、論評の時間をストップウォッチで計り、制限時間を三色のボードでスピーカーに知らせる役割だ。
例えば、5分から7分の制限時間であれば、5分で青のボード、中間の6分で黄色のボード、制限時間の7分を過ぎると赤いボードを立てる。制限時間を30秒すぎると、その赤いボードを倒す。すると、そのスピーチは投票圏外、事実上の失格となる。

タイマー係は二度目だったが、一度目は入会直後でこなすことに精一杯だった。
ただ今回は、思いがけない気づきがあった。
それは時間配分についてである。

予想以上にスピーカーたちがこのボードを確認していることに気づいた。
それぞれのスピーチにタイムオーバーをめぐる攻防、ドラマがあるのだ。

時間が押している場合の二者択一。
それは、言いたいことを最後まで言い切るか、途中で端折るか、である。

特に準備スピーチは、原稿を用意している場合、それを端折るのは至難の業というのが実感だ。
前段で予期せず時間をとられたとき、端折るルートが確保できていないのだろう。準備していたものを端折るのは難しい。端折ることまで準備していないと、時間をすぎても一本道でゴールに向かうしかない。話しているというより、話させられているというほうが近いだろうか。
そしてタイムオーバー。それはなんとなく雰囲気でわかるものだった。

準備スピーチでは端折るルートも確保しておく必要がある。

そして論評。
こちらは最後の30秒が明暗を分けるようだ。
論評者は準備スピーチ以上にボードをこまめに確認しているのがわかった。
会場のウケ具合では、ベスト論評者の候補は二人いるように思った。ただその前者は4秒のタイムアウト。最後まとめられたはずだが、残り30秒でもペースを変えない。あえて最後まで言いたいことを言い切った。論評相手のためともとれる行為、評価が分かれるだろう。
後者は、残り30秒でまとめに入り、最後は「とにかくお疲れさまでした」とらしくないまとめかたをした。ただそこに至る論評はウィットに富み、絶えず聴衆を楽しませた。

自分なら、是が非でも時間内にまとめたい。強引にでもまとめる図太さを持つべきだと思う。

役割によって見えてくるものが違う。
今回は、近い将来、論評者になるという問題意識がタイマー係の意味を変えたのだろう。

2012年7月14日土曜日

状況の意味を考える

iPhoneに入れた全データが消滅した。
しかも、保険であるはずのパソコンに取ったバックアップがエラーで戻らない。仕事はもちろん、スピーチに関するデータまで、3年間におよぶ蓄積が忽然と消えた。突然のことだった。

連休前の深夜だった。

何かの間違いだろう。パソコンの前で息が詰まる。深夜まで復元につとめるも空振りの連続。真っ白になった頭の中を埋めてゆく混乱。
翌朝からも、ひたすらパソコンの前で格闘した。softbankのiPhoneテクニカルサポートセンター、Appleのサポートセンターに電話。そして見放された。

まさか、どこかで復元できるだろう。そういう心持ちがあった。電話を切るたび、身体の髄から出てくるような熱で嫌な汗をかいた。食事も取らないまま、パソコンの前で思いつくあらゆる手段を試す。ワラにもすがる思いで掛けたデータ復旧会社からも無理の一言。
ようやく一息ついたときには窓の外は暗くなっていた。

スピーチ関連のあらゆる情報が入っていた。なかでもメモ、ボイスメモ機能はフル活用していた。上達のためのロードマップとその進捗状況、さらに読書メモ、アイデアメモ、これまでのスピーチタイトル、原稿……。HRでの、ほぼすべての講義録をおさめたボイスメモまで根こそぎ消えた。3年間におよぶ蓄積が水泡に帰した。

パソコンの前を離れた。外に出た。
状況を整理しようと思ったのだ。

宵闇をあてどなく歩く。すると頭に浮かんできたのは意外な結論だった。

これってそこまで大変な状況だろうか。
確かに、iPhoneがないと何もできないという中毒にも似た状況があったのは否定できない。蓄積してきたデータが消えてしまった今、利便性を欠くことになりそうだ。一方で、ヘンな解放感を覚えていて、これは何だろうと思う。

間違いないのは、三年間も蓄積したデータが消えたというのはターニングポイントになり得るということ。消えたのはデータだけである。経験ではない。このiPhoneデータ消去という“事件”が、誕生日の3日前に起きたことの意味を今は考えよう。

良くも悪くも状況の意味を考えるようになったのは、スピーチを学びはじめた副産物なんだから。

2012年7月9日月曜日

【メモ】All About プレゼンテーションの基本

▼All About プレゼンテーションの基本
http://allabout.co.jp/gm/gl/16486/

プレゼンテーションは、相手にどのように伝えるかが重要です。構成要素や資料の作り方、事前に準備しておきたいことなどを解説します。


プレゼンは質問で始めよう

プレゼントいえば結論が先、というセオリーがある。
『コクヨの1分間プレゼンテーション』が提唱するプレゼンが他と違うのは、冒頭で結論を話す前に疑問を持ってくることだ。
ざっくり、次のような時間配分。

疑問(15秒)→結論(10秒)→理由(35秒)

例えば、通常のプレゼンの場合では次のように結論から入る。
「プレゼンを上達させたいなら『1分間プレゼンテーション』だけを繰り返し練習しよう、という提案をします」

しかし、コクヨのプレゼンでは、結論を話す前に「プレゼンがうまくなる近道を知っていますか?」という疑問を投げかける。

序論の目的は、聴衆に興味を引きつけることだ。
確かに結論から入るのはわかりやすいが、そっけない感じもする。
そこで疑問から入る。

(疑問)プレゼンがうまくなる近道を知っていますか?
(結論)今回はその方法として『1分間プレゼンテーション』だけを繰り返し練習しよう、という提案をします。
(理由)この方法は毎日の仕事でも練習できて、プレゼンの大事なポイントが集中的に鍛えられます。

このようなアウトラインになる。
これを掘り下げていくことで1分間プレゼンができあがる。

さてさて、今日のC教室で発表したかったのは、この話をきっかけにスピーチの序論の入り方を吟味するという内容である。タイトルは、プレゼンは質問で始めよう。しかし今回もラストの5分しか時間をもらえず、アウトラインを紹介するだけで終わった。まぁそういうことも想定して準備するべきだった。
パソコンもうまく立ち上がらず、あたふたしてしまった。

消化不良だが、不測の事態が起きる実践を想定すれば、さまざまな課題が見つかった有意義な時間だった。

▼プレゼン課題
◎あらゆる事態を想定する。
◎時間に余裕をもって準備を終わらせる。